東ローマ帝国の首都がコンスタンティノープルでしたが、そこに巨大な宮殿が存在しました。何度か増改築を繰り返しました。しかし現存する資料が少ないため、どのような住宅だったのか、どのようなスペースがあったのかはまったく不明です。しかしその後、コンスタンティノープルは放棄されました。財政難により巨大な宮殿を維持できず、鉛で作っていた屋根板を売るほどでした。こんな状態が続いた上に第4次十字軍で東ローマ帝国が被害に会い、略奪したために殆どコンスタンティノープル宮殿は放置され、誰も入らなくなりました。そのため見るに耐えなかったのか、オスマン・トルコが全て宮殿を撤去してしまいました。しかし現在になって地下室の一部などが見つかり、発掘作業が続けられています。
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