自由通りはそれまで、建築物の高さは十メートルに制限されていた。また北の約三分の一は、戦前からの大規模地主などが住み、畑も残る地域で建ぺい率は五〇%、容積率は一〇〇%だった。それ以南の建ぺい率は六〇%で、容積率は一五〇%だった。建ぺい率は建坪ともいい、建築面積の敷地面積に対する割合のことだ。それが五〇%であれば、建物は敷地の半分まで建てられる。容積率は、建物の総床面積の敷地面積に対する割合である。建物の延べ床面積が二百平方メートルで敷地が百平方メートルなら、容積率は二〇〇%である。
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自由通り沿道のこの用途地域の変更により、まず高さの制限がはずされた。北では建ぺい率が五〇%から六〇%に緩和され、容積率は一気に二〇〇%へ引き上げられ、南の三分の二の地域でも、建ぺい率は六〇%のままだったが、容積率は二〇〇%に緩和された。はじめにおきたのは地価の高騰である。敷地によっては一専にくらべ二専では、二倍以上の高さの建築が可能になるのだから、それだけ土地の価値も上がる。この区域に住む不動産業者が「いままで一万円札が百万枚敷き詰められていた土地に、ある日、お上が突然、二重、三重に敷き詰めてくれるのだから、土地持ちは笑いが止まらない」と解説したとおりだ。